1988年, 郷田直輝校長とのもと, 「天文天体物理若手夏の学校」事務局長とし て夏の学校の運営にあたる。この時に取り上げた企画「天文学と計算機」は, 観測分野で専用計算機に取り組む近田義広氏と理論分野で 数値計算を行なう杉本氏が共同で仕事をするきっかけとなった。これは後に理 論天文学での専用計算機プロジェクトであるGRAPEプロジェクトに成長した。 GRAPEは, その後計算機分野でも数々の賞を授賞し, また重力多体系に関する 多くの論文を生み出している。私も郷田氏もGRAPEプロジェクトには参加して いないが, 「この夏の学校がなければGRAPEは出来なかった」との関係者の声 は, 当時の夏の学校の苦労を相殺してあまりあるものである。
1990年、京都大学理学部物理学第二教室の助手となってからは、物理学教室の 計算機環境の改善、計算機教育の改善、教室内ネットワークと教室共通計算機 の運用にも精力的に取り組んでいる。1990年には物理学教室計算機委員会委員 長を務め、 1994年度には教育用計算機システムBIRD net管理委員会 委員長としてシステムの立ち上げを行なった。1991年から1994年も物理教室計 算機委員を、1994年は教育改善委員(笹尾委員会)、 1995年はBIRD net管理委 員を努めている。
1996年には, 益川京大理学部教授(当時)を中心とする「物理基礎法則実験解析 システム」のうち, 計算機およびネットワークの部分の導入を行ない, 物理教 室のネットワーク環境・共通計算機環境の改善を行なった。
1998年には, 長年要求し続けてきた物理教室の計算機環境整備のための技官が やっと採用できることとなり, 当時の実質的な担当者として小山勝二物理教室 主任(当時)とともに採用業務にあたり, これらの業務を完全に教官の業務から 離し, 技術的な仕事と位置付けるよう努力した。